薬剤師の科学者というアイデンティティ

薬剤師は科学者なのだろうか
薬剤師は化学を科学することから始まっていると私は思う。そして形は変えたとしても、現代において科学者としてそこに薬剤師は生きるのかもしれない

【薬を構造式で見て】
薬一つひとつには構造式があります。構造式の特徴から薬の効果や吸収、相互作用(飲み合わせ)、排泄方法の内、全てではないがある程度の考察をすることが出来る。
例えばこれは「脂溶性」が高いな。あれは「水溶性」が高いな。○○環を持っているからこの分類だな、この貼り薬は共役二重結合を持っているから紫外線に当たると皮膚が赤くなるな(注1)、このローンペアや二重結合、三重結合があるから金属とキレート形成してしまうな(注2)

この骨格を持っているからこれとあれは代謝されると同じになるんじゃないかな等と薬を見て、構造式をみて考えることが出来るのは薬剤師ではないでしょうか。化学を科学して医療に成して治療に当てはめる。生理学という医療の部分と相互作用の様な科学の部分との橋渡しを薬剤師がもっと担っていっても良いのではないだろうか。
(注1)http://app.f.m-cocolog.jp/t/typecast/1102607/1124939/90187426
(注2-1)http://t-kurohara0120.com/chelate/
(注2-2)クラビットインタビューフォームhttps://www.medicallibrary-dsc.info/di/cravit_tablets_500mg/pdf/if_cvh_1704_13.pdf

【薬を視覚や味覚でみて】
ひとつの医薬品に先発品があって後発品がある。後発品は一種類ではなく多岐に渡る種類がある。その中でそれぞれに特徴がありますが、医師には把握しきれない部分を私たち薬剤師は知っています。

形、大きさ、色、そして味。例えば風邪をひいて喉が痛い、飲み込むのも痛くて辛い時にムコダイン®(カルボシステイン)500mg錠剤が処方されたら飲みたいけれど、きっと飲むのが苦しいですよね。そんな時に少しだけ小さいムコダイン®(カルボシステイン)250mg錠剤2つでなら飲めそうですか?患者さんに医師にそんな提案が出来るのも私たちかもしれません。
(参考)ムコダイン®錠500mg(直径15.1mm短径6.6mm厚さ5.7mm質量561mg):添付文書より
ムコダイン®錠250mg(直径8.6mm厚さ4.5mm質量280mg):添付文書より

薬は甘かったりときには苦かったりする。その正体は何だ?と考えたことはあるだろうか?美味しく感じる理由は何なのだろう?細かい事は薬の専門説明書である添付文書やインタビューフォームに記載されています。

その情報にアクセス出来るのは薬剤師だけではありません。医師も看護師も一般人もアクセスすることが出来ます。しかしその中から必要な情報を拾って判断する事が出来るのが薬剤師かもしれない。薬剤師が味の正体を見ていくのはきっと科学だろう。添加物表を細かく分析していく医療者はあまり居ないだろう。

国家試験が終わった。という季語

今年も薬剤師国家試験が終わった。103回が終わった
私は、もうすぐ4年目になる。
この3年間何を得てきたのだろう。
あの頃必死に現場に立つことを夢見て勉強をしてきたことは生かせているのだろうかと不安になるときがある。きっと意識的に使うようにしなければ忘れていく。
私は薬剤師ならではの視点を消さないように必死だ。どんなに数多の医療現場に立っても常に科学者でもなければ薬剤師ならではではないのだ。
そうだ街の調剤薬局の薬剤師は、街の理科室の先生なのだ。
生体と薬という化学反応、生体反応を理解して、ある程度予測して対応しなければならない。患者の身にこれから起こることを注意喚起することが出来る。
例えば飲み合わせ。薬と薬ばかりじゃない。薬と飲み物、薬と食べ物も注意が必要だ。体の中に入ってからも注意だが、体に入る前も私たち薬剤師が注意喚起する必要がある。
飲んじゃえば一緒。飲んでからが勝負!!と思われるかもしれませんが、飲む前から始まっているのだ。
例えば、頭痛薬や生理痛薬で使われているロキソニン®(ロキソプロフェン)というものがある。ロキソニンは医師の処方せんを介して手に入れられるが、ドラッグストアなどで薬剤師が駐在販売している場所で購入することも出来る医薬品です。最近は市販のジェネリック(後発医薬品)も発売されている。
そんな薬を飲むときに水で飲むのが常識だと思ってしまいます。しかし薬剤師の常識は世間の非常識なのだ。
まず飲む事に必死なのだ。だから水だろうがジュースだろうが、コーヒーだろうが兎に角薬を飲むだろう。
しかし、このロキソニンは胃や十二指腸に潰瘍を起こす頻度が高いことが言われている。
そのプロセスは主に2つある。
1つは生体内の話だ。ロキソニンなどの非ステロイド抗炎症薬はアラキドン酸カスケードにおけるシクロオキシゲナーゼ(以下COX)という酵素を阻害することで炎症反応を抑えている。COXには1と2があり、主に2を抑制することで抗炎症効果を発揮しているのだが、COX1を阻害してしまうとプロスタグランジンという胃粘膜保護に関与するプロスタグランジンI2やプロスタグランジンE2の生成反応を抑制してしまい潰瘍を生じさせてしまう。
もう1つは消化管上の話だ。ロキソニンを飲むときに胃中のpHが高いとその場所でロキソニンが接触して吸収が増加する。つまり細胞透過性が増加するのだ。ロキソニンはpKa4.2の酸性医薬品で、構造上pHが低いと(つまり酸性条件下だと)分子型の構造を持ったロキソニンの割合が増える(pH分配仮説)。この分子型が増えるということは脂溶性が高いロキソニンの割合が多くなり、細胞は同じように脂溶性なのだから馴染んで細胞の中に移行しやすいのだ。そこでロキソニンが蓄積して細胞破壊を生じ潰瘍を生じることがある。
後者の話には飲食物が関わってくる。飲み物が胃腔内のpHを下げることがあれば、ロキソニンが接触による潰瘍発生率が上がるだろう。例えばスポーツをしていてその場で怪我をしたときに、ロキソニンを服用する。想定できる物語だ。そのときにpH3.5のスポーツドリンクで服用したらもしかして潰瘍が出来るかもしれない。
ここで注意しなければならないのは、一回だけpHを下げる飲み物との服用でどのくらい潰瘍のリスクが上がるか 、消化管出血を起こす割合やそれが重症化する可能性は?そもそも本当に飲まないといけないのか?目の前の痛みを解消するために本当に必要なのか?と考えたときに、飲むならばなるべくリスクを下げて飲みたい。その為には水(pH7)での服用が一番適しているだろうということを市販薬で普及してきている現代で、服用者に注意喚起が出来るのは誰だろうか。 科学者である街の理科室の薬剤師であろう。

そして目の前の訴えに、今その場で適している最もらしい選択肢はどれなのか吟味して答えるのに必要な力が求められている。
このタイミングでEBMという考え方が頭角を表しはじめてきている。そしてその流れは、薬剤師国家試験にも垣間見られる。
例えば感度や特異度を算出する問題、システマティックレビューが掲載されているコクランを選択する問題など情報を読み取って吟味して自分の中に落としこんで伝える。
これこそが対物から対人への移行なのかもしれない。僕たちの挑戦はまだ始まったばかりです。